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東京高等裁判所 昭和35年(ナ)4号 判決

原告 宮口若太郎 外一五名

被告 神奈川県選挙管理委員会

主文

昭和三十四年二月一日執行の三浦市長選挙における選挙及び当選の効力に関する訴願人菱沼舜治の訴願について、同年十二月二十五日被告神奈川県選挙管理委員会のなした決定を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告らはいずれも、昭和三十四年二月一日執行の三浦市長選挙の選挙人である。右選挙において矢島晴夫及び川崎喜太郎の両名が立候補したが、得票多数の矢島晴夫が当選人と決定された。しかるところ、右選挙及び当選の効力に関し訴外菱沼舜治から三浦市選挙管理委員会に異議の申立をし、同年三月三日同委員会は異議申立を棄却する旨の決定をしたが、これに対し右訴外人はさらに被告神奈川県選挙管理委員会に訴願を提起したところ、被告は同年十二月二十五日これを容れ、右三浦市選挙管理委員会のなした決定を取消し、右選挙を無効とする旨の裁決をした。

しかし次に述べるように、右選挙を無効とすべき理由はなく、原裁決は違法であるから、右選挙における選挙人たる原告らはその取消を求めるため本訴に及んだ。

二、原裁決は、本件の選挙においてなされた不在者投票は選挙の管理執行の手続に違背しこれがため五百八十九票の無効投票が生じたというけれども、以下順次明らかにするように、適法な手続によるものと認め難いものは極く少数であつて、選挙の結果に異動を生ぜしめる虞はなく、選挙の効力を動かすものではない。

(一)  原裁決が不在者投票証明権者が不適法等の理由で無効とした五十三件について。

(イ)  まず原裁決は不在者投票事由として単に「選挙事務のため」又は「選挙事務従事のため」と記載され、証明者が「三浦市役所企画調査室長杉山誠一」である証明書による十九件は不適法であるという。しかし右杉山誠一は本件選挙の当時企画調査室長として三浦市役所における人事管理所管の責任者であつたから、如何なる市職員が選挙事務に従事していたかはその職務の性質上当然了知しているものであり、公職選挙法施行令(以下「令」と略称する)第五十二条第一項第一号にいわゆる「その他これらに準ずるものの長の代理人」に該当すると解すべきである。

また「選挙事務に従事するが故に選挙当日投票することができない」といえば、選挙当日その者の属する投票区の区域外において選挙事務に従事するものであることは自ら明らかであつて、具体的にどこの投票区の選挙事務に従事するかを記載しなくても不在者投票事由の記載として欠けるところはない。なお、右に該当するものは十八件であつて原裁決のいうように十九件ではない。

(ロ)  次に原裁決は、証明者として会社名のゴム印等が押してあるにすぎないものが三十四件あるというけれども、それらはいずれも会社名又はその営業所名を表示した上に会社印を押捺してあり、決して会社名のゴム印が押されてあるにすぎないものではない。そして会社又は事業所の印はその長又はその代理人の保管にかかるものであるから、右のように会社名又は事務所を表示した上、会社印等を押捺した証明書はこれらの長又はその代理人の作成にかかるものと認めるべきである。

また右の証明書に不在者投票の事由として「冷凍水揚」「本船ドツク中のため」又は「冷凍魚水揚」と記載しただけであつても、三浦市には冷凍魚水揚の施設はないので、証明書の本文と照合するときは選挙人が選挙当日その居住する市の区域外にあることが明らかであるのみならず、選挙管理にあたつた職員が不在者投票をするのやむを得ないものであることを口頭で疎明せしめたのであるから、証明書記載の趣旨も自ら明瞭であつて、不在者投票事由の記載として十分であるというべきである。なお、原裁決は右に該当するものが三十四件あるというけれども、それがいずれを指すか不明である。

(二)  原裁決が不在者投票事由の記載がないとした二十九件について。

原裁決は相良国吉名義の証明書二通八件について不在者投票事由の記載がないとしているが、これは七件である。また杉山誠一名義の証明書による神田芳雄、杉山俊明、石橋フヂの三件は不在者投票事由の記載ある適法のものである。

(三)  証明書記載の事由が不在者投票の事由に該当しないとした五十一件について。

原裁決は、選挙人が選挙当日その属する市の区域外に旅行するため、不在者投票事由として「当日旅行予定」「集金のため」「用務のため」その他これに類する記載をした証明書を提出して不在者投票をしたものにつき、これらに記載された事由はすべて不在者投票事由に該当しないというけれども、選挙当日でも選挙人がその属する市の区域外に旅行しようとする自由は尊重さるべく、この旅行のため選挙当日差支えを生じる者で不在者投票をしようという意欲のある者にはむしろ選挙権を行使せしめることが法の精神にかなうものというべきである。かように考えれば、右の旅行がたとえ招待旅行であつても、スキー旅行であつてもやむことを得ない場合(商業政策上、自己の営業上必要ある場合)は不在者投票事由に該当すると解して妨げないというべきである。また例えば、「当日家事都合のため」という記載も、商家などにおいても他に人なき場合やむことを得ず居住の市以外の地に旅行することもないではないから、不在者投票事由の記載として不備であるとは断定し難い。その他のものも、すべてその提出した証明書中の不在者投票事由の記載からして選挙当日選挙人がその居住の市以外の地に出るものであることが自ら明らかなものであつて、適法の証明書によるものというべきである。

(四)  原裁決が、疎明事由の記載が不適法とした百二十七件について。

(イ)  原裁決は、本件不在者投票において疎明書によるものが百四十一件あるというけれども、三浦市選挙管理委員会作成の不在者投票疎明綴につき検討すれば、右のうち選挙人石黒文子、久村あい子、安西広吉、石渡茂、東江巴江、外山芳野、神田芳雄、宮川信子、永末すみ子、君島佐部郎、鈴木信興の十一名については法定の証明書が存するから、これについてはなんら投票手続上の違法はない。

(ロ)  次に右疎明書によるもののうち二十九件は投票日の前日たる昭和三十四年一月三十一日に疎明書を提出して不在者投票をしたものであるが、これらは投票日の前日に急に不在者投票をせざるをえない事由が生じたため、証明書を入手する時間的余裕がなく投票管理者にその旨申出て証明書を提出することができない旨を疎明したものであり、同日は土曜日であつたから、市長その他の証明権者の証明の得られなかつた理由も十分首肯できる。

(ハ)  また同年一月二十五日に不在者投票をした選挙人三壁繁治ら十名についても、同日は日曜日であつたから証明書を提出することのできなかつた理由を諒解できなくはないのである。

(ニ)  さらに選挙人柳沢七郎の疎明書には不備の点はなく、加藤花枝については国立病院で不在者投票をしたものであり、また江原アイ提出の疎明書には病院にて不在者投票をした旨の記載があり、手続上不備の点はない。

(ホ)  選挙人奥村芳太郎は一月二十五日出港のため同月二十四日に投票したが船主不在のため証明書を提出できなかつたのであり、吉福敏英は一月二十八日船修理のため静岡県に出向くので同日不在者投票をしたが、船長不在のため証明書を提出できなかつたものである。その他石渡松造ら二十三名についてもそれぞれ証明書を提出する時間的余裕がなかつたものであり、その間の事情は疎明書の記載から推知し得るところである。

以上、証明書の提出がなく疎明により不在者投票をなさしめたものについては、すべて投票管理の担当者において口頭で事情を聴取し不在者投票の事由及び証明者のないこともしくは正当の事由により証明書を提出できないことを疎明した者に対してのみ投票をなさしめたのであつて、その手続に違法の点はない。

以上によれば、右(イ)の十一件、(ロ)の二十九件のうち二十七件(二件は(イ)と重複するためこれを減ずる)、(ハ)の十件、(ニ)の三件、(ホ)の二十五件、以上合計七十六件はいずれも令第五十二条第三項の疎明に基く投票として有効といわねばならないのであるが、右に述べなかつたもののうち選挙人前川トクら六十名についても疎明書が提出されており、これらの場合も担当者において口頭による疎明ありと認めたのであれば、これらの投票も適法になされたものというべく、そうだとすれば、適法な手続によりなされたものの数はさらに増加するのである。

(五)  原裁決が、不在者投票事由の記載によつて不在者投票事由に該当するかどうか不明であるとした三百二十件について。

原裁決は本件不在者投票事由証明書のうち、「出港」「出港のため」「出漁」並びに「出漁のため」なる不在者投票事由の記載について、出港又は出漁の年月日、帰港の日時、不在者の業務の内容を欠き、右記載からしては不在者投票の事由に該当するかどうか不明であるというけれども、原裁決も認める三浦市が遠洋漁業の根拠地であるという事情を考慮すれば、不在者投票をしたいわゆる出漁者の多くは遠洋漁業に従事する者と認めるのが実験則にかなうものというべく、三浦市における遠洋漁業は最大の漁船で約千トン、多くは三百トンを超える程度のもので乗組員は通常約三十名であり、天候の如何は勿論乗組員の都合等で予定の日時に出港し得るのはむしろ稀であり、また帰港の日時を記載するとしても例えば約三ケ月後という程度の記載しかできない。また三浦市において近海漁業又は沿岸漁業に従事する者は漁場を秘密にする傾向があり、真実の出港の日時を明らかにすることを極力避けようとするのである。原裁決が以上の三浦市における実情を無視して、証明書の記載を厳格に解し選挙を無効としたのは甚だしく妥当を欠くものである。また不在者投票の事由として、「昼夜運転」「運転手につき当日稼動する」「三十一日に車が出るため」「遠距離運転のため」と記載したに止まるものでも、三浦市における生鮮魚取扱の実情に照らせば、生鮮魚をトラツクで他府県に移出するものであることは右記載自体から明瞭であるといい得べく、これらも不在者投票事由の記載として不備のものと解すべきでない。また「冷凍魚荷役のため」なる記載も不備のものでないことは(一)の(ロ)において既に述べたとおりである。

さらに「用務出張のため」「商用出張」「出張のため」「遠出出張」「魚市場休業出張予定」「公休日にて出張予定」「集金出張」「月末より集金出張」という記載の意味を考える場合にも、三浦市の魚市場は毎月一日が休日であつて、それは同日東京魚市場の開かれる関係から三浦市より出張する便宜を考慮したものであること、月末より月の始めにかけては商業に従事する者にとつても、水産業者にとつてもいわゆる書き入れ時であることを考慮すべきであり、また選挙当日出張不在といえばその日は他府県に出向くやむを得ない事由の存することを表示したものと解し得るのである。以上の点を無視し右証明書の証明力を否定した原裁決は文字の末節に捉われた生硬なものとのそしりを免れないというべきである。

(六)  原裁決が不在者投票事由証明書及び疎明書の存在しないことを理由に無効とした九件について。

原裁決は三浦市選挙管理委員会委員長の管理する不在者投票所で行われた不在者投票の数と不在者投票事由証明書及び同疎明書の数を比較し、かつ不在者投票を管理者において拒否した例は一件もないことを前提として九件は法の要求する証明書及び疎明のいずれをも徴しないで投票させたと推認する。しかし投票管理者において不在者投票を拒否した例はあつたのであり、このことは不在者投票処理簿の記載により明らかである。従つて原裁決のように推断することはできない。

以上述べたとおり、原裁決が不適法とした本件不在者投票のうち少くとも前記(一)の五十三件、(二)のうち四件、(三)の五十一件、(四)のうち七十六件、(五)の三百二十件、以上五百四件は適法になされたものというべく、不適法の手続によりなされたものは八十五件(票)にすぎないから、仮りにこれを当選人矢島晴夫の得票数から差引いても、落選者川崎喜太郎の得票数より多く、選挙の結果に異動を生ずるおそれはない。のみならず、原告らは右潜在無効投票数の全部を当選人の得票より控除すべきではなく、当選者と落選者の得票数の割合に按分して各自の得票より控除し選挙の結果に異動を生ずる虞があるかどうかを決すべきものと考えるのであつて、かく解すれば本件選挙を無効とした原裁決の不当なことは一層明らかである。

被告訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告ら主張の一の事実は認める。二の(一)ないし(六)の事実のうち、原告ら引用のような内容の原裁決のあつたことは認めるがその余の事実は否認する。

被告の主張する本件不在者投票手続における違法の点及びその件数の明細は別紙明細表記載のとおりであり、不適法の手続によりなされたものは総計五百八十六件(票)であり、本件選挙における両候補者の得票数の差に照らせば、選挙の結果に異動を及ぼす虞あること明らかであり、選挙を無効とした原裁決は正当であつて、原告の請求は理由がない。およそ不在者投票の制度は、投票日を期して画一的に総ての選挙人の意思を決定せしめようとする原則に対する例外的措置であり、従つてこれに関する法規の解釈は厳格になされなければならない。本件の不在者投票の手続の適否を判断するにあたつては、まず右の観点に立つことが必要であり、原告主張のように解することはできない。原告主張の二の(一)ないし(六)に対する被告の主張は次のとおりである。

(一)について。

(イ)  公職選挙法第四十九条第一号によれば、選挙事務に従事するため不在者投票ができるのは、選挙の当日その者の属する投票区の区域外において選挙の事務に従事中であるべきことが要件とされているから、たとえその者が三浦市の吏員であつてもこれについての証明権者は市選挙管理委員会の委員長であり、本件におけるように三浦市役所企画調査室長にはこれを証明する権限はない。また不在者投票の事由として単に「選挙事務に従事のため」等の記載があるだけでは、その者の属する投票区の区域外において選挙事務に従事するものかどうかは明らかではない。

(ロ)  また、証明者として会社又はその営業所名をゴム印で表示した上、会社印を押捺したに過ぎない証明書は、適法の証明権者の作成にかかるものであるかどうか不明であり、不適法という外なく、原告主張のように会社、事業所の長又はその代理人の作成したものとみることはできない。この場合証明書の記載自体から、令第五十二条所定の証明権者の作成にかかるものであることが明らかでなければならないからである。またこれらの証明書には不在者投票の事由として、単に「冷凍魚水揚」等の記載があるだけであり、これを証明書の本文と照合しても、証明書自体から選挙の当日その属する投票区のある郡市の区域外において職務又は業務に従事中であるべきことを確認し得ないのであり、この点を口頭の疎明で補うことも許されない。いずれにしてもこれらの証明書による不在者投票手続は違法といわねばならない。

なお原裁決に、右(イ)(ロ)合わせて五十一件とあるのは五十三件の誤記である。

(二)について。

原告ら指摘の神田芳雄ら三件は原裁決も不在者投票事由の記載がないとしているのではない。なお、原裁決が、相良国吉名義の証明書によるもの八件としているのは原告ら主張のとおり誤算であり、七件が正しい。

(三)について。

これら五十一件はいずれも証明書の不在者投票事由欄に、「旅行」、「旅行のため」、「二月一日旅行のため」、「前日旅行」、「成田不動(味噌会社からの)招待旅行」、「二月一日公休日につき旅行」、「富士山スキー」、「食品工場見学予定」、「公休日につき不在のため」、「当日不在」、「集金の為」、「用務のため」、「当日家事都合のため」その他これに類する記載があるのみで、右事由は公職選挙法(以下単に法と略称する)第四十九条所定の不在者投票の事由のいずれにも該当しない。また同条第二号所定の事由を示す趣旨で記載されたものとしても、その事故又は用務がやむを得ないものであるかどうか不明であり、また一部を除き当日投票区のある都市の区域外に旅行又は滞在中であるべきこととなるかどうかを認定するに由ないものであり、すべて適法の証明書といえない。

(四)について。

令第五十二条第三項によれば、選挙人が不在者投票をしようとする場合に同条第一項所定の証明書を提出することができないときは、不在者投票事由のほか、右第一項第一号の証明者のないこと又は正当な事由によつて証明書を提出できないことを疎明しなければならないことが明らかである。しかるに本件選挙における疎明に基く不在者投票手続において三浦市選挙管理委員会の徴した疎明書には証明者のないこと又は正当の事由により証明書を提出することができないことに関しては殆んどなんらの記載がない。従つて右の点の疎明をした上で不在者投票をしたものとは認められない。もつとも右の疎明は口頭によるも差支ないものではあるけれども、本件不在者投票事務を担当した三浦市選挙管理委員会書記長島靖彦は不在者投票事由についての疎明があれば証明書を提出できない事由等の疎明がなくても投票させて差支ないと考えて事務を処理したものであることは証拠上明らかであり、このことと右疎明書の記載に徴すれば本件不在者投票の管理者において選挙人に上記の点につき疎明せしめた上で投票をなさしめたものとは到底認められないのである。ただ投票の日時及び疎明された不在者投票の事由から証明書を提出することのできない正当の事由も自ら明らかとなる場合もないわけではないが、不在の事由が予め判つている場合には、証明書も予め準備できた筈であるから、たとえ不在者投票をした当日証明書を得る余裕がなくてもこれに該当しない。これに該当するのは、原裁決が無効としたもののうちでは選挙人直井いち子の一件に過ぎない(原裁決が疎明の点で不適法とした百二十七件は右直井の分及び証明書の提出があるためこれに算入すべきでない石渡茂の分を除外し百二十五件とすべきである)。右のほか原告の主張はすべて失当である。なお、原告主張の柳沢七郎ら十二名は右百二十五件には算入されていない。

(五)について。

これらの証明書はいずれも原裁決の説くとおり、その記載によつては不在者投票事由に該当するかどうか不明である。

たとえば「出漁のため」「出港のため」その他これに類する記載については、漁業者が多く遠洋漁業の根拠地であるという三浦市の特殊性から、出港すれば短くて二週間、長くて六ケ月以上にわたる漁撈に従事して帰港するのが通例であるとしても、漁業者の中には近海漁業、沿岸漁業に従事し早朝出漁して午前中に帰港するものもあり、選挙当日出港もしくは出漁するとしても出港前に投票し、もしくは日中出漁しても投票時間中に戻つて投票することも可能である。また遠洋漁業に赴く場合でも不在となる月日も行先も記載されていないのであるから適法の証明書といえない。

さらに他の証明書についてみても、不在者投票事由として、「用務出張のため」「遠出出張」「集金出張」「昼夜運転」「冷凍魚荷役のため」「遠距離運転のため」その他これに類する記載があるのみでこれらの記載によつては選挙当日における当該選挙人の在否は不明であり、仮りに証明書の不動文字によつて当日自ら投票所に赴き投票することのできないことが判明するとしても、その用務、業務もしくは事故の内容がやむを得ないかどうか、当日投票区の属する郡の市区域外にあるかどうかを認定するに由ないものといわねばならず、不適法の証明書という外ない。公職選挙法施行規則別表の不在者投票証明書様式備考の不在者投票事由欄には、不在期間業務又は用務もしくは事故の内容を具体的に、なるべく明細に記載すべきものとされており、前示各証明書の如く不在期間業務又は用務もしくは事故につき具体的な記載のないものは、法の要求するところを充たさないものといわなければならない。

(六)について。

原裁決もいうとおり、三浦市選挙管理委員長の管理する不在者投票所において不在者投票のなされたのは九百七十四件であり、このうち証明書の存するもの八百二十四件、疎明書の存するもの百四十一件、右合計九百六十五件である。しかして右不在者投票管理者において受理を拒否したものは一件もないから右の差九件は証明書の提出もなく、疎明もせしめないで不在者投票をなさしめたものであり、選挙の手続に違反するものといわねばならない。

以上述べたとおり、原告らが二の(一)ないし(六)において主張するところはいずれも失当であり、本件選挙は無効という外ない。

と述べた。(証拠省略)

理由

原告らがいずれも昭和三十四年二月一日施行された三浦市長選挙の選挙人であること、右選挙において矢島晴夫及び川崎喜太郎の両名が立候補したが、得票多数の矢島晴夫が当選人と決定されたこと、右選挙及び当選の効力に関し訴外菱沼舜治から三浦市選挙管理委員会に異議の申立をしたところ右申立は棄却されたこと、右訴外人はさらに被告委員会に訴願を提起し、被告は同年十二月二十五日これを容れ、右三浦市選挙管理委員会のなした決定を取消し本件選挙を無効とする旨の裁決をしたことはいずれも当事者間に争がなく、なお原本の存在及び成立に争のない甲第一号証の記載によれば、右選挙において三浦市選挙管理委員会では矢島晴夫の得票九千十一票、川崎喜太郎の得票八千七百六十二票と算定され、得票差二百四十九票をもつて矢島晴夫が当選人と決定されたこと右裁決において被告委員会は本件選挙における不在者投票のうち違法な手続によるものが五百八十九件(票)あるとして本件選挙を無効としたことをそれぞれ認めることができる。原告らは右不在者投票手続は適法になされたものと主張するので、以下順次これについて判断する。

一、原告ら主張の(一)の(イ)の十九件(別表(33)ないし(51)、原裁決が証明書の作成者等の点で不適法としたもの)について。

いずれも成立に争のない乙第一号証の四十二ないし四十七の各記載並びに証人杉山誠一の証言によれば、別表(33)ないし(51)の各選挙人はいずれも三浦市役所所属の職員で本件選挙の当日選挙事務に従事するため所属投票区の投票所に赴いて投票することができないことを理由に、三浦市役所企画調査室長杉山誠一の作成した証明書によりこれを証明して投票用紙及び不在者投票用封筒の交付を受け、不在者投票をしたこと及び右証明書には不在者投票の事由として「選挙事務のため」「選挙事務に従事のため」もしくは「投票事務のため」なる記載があり、右杉山が前記資格においてこれを作成したものであることを認めることができる。

被告は、右杉山にはこれらの証明書を作成する資格がないから、これに基く不在者投票は違法であると主張するので、まずこの点につき審究する。証人杉山誠一、同小峰武次の各証言によれば、右杉山は当時三浦市役所企画調査室長として人事、統計、広報、企画に関する事務を分掌していたもので、右選挙人らは三浦市選挙管理委員会の三浦市長(職務代理者)に対する申出に基き選挙管理委員会の事務に従事することを命ぜられたのであるが、杉山はこれに関しその職務上市長の事務を補助しもしくはその代理者として関与したもので、従来の慣例に従い市長の認容の下に選挙管理委員会と連絡の上右証明書を作成したことが認められ、右認定を左右するに足る格別の証拠はない。ところで右のように選挙人が選挙に関する職務に従事することを理由に不在者投票をすることができるのは、選挙当日その属する投票区の区域外においてその職務に従事中であるべきことを要件とする(法第四十九条第一号)から、これに関する証明書の作成については、これらの者の各投票所への配置をも含め最もよく選挙当日におけるその職務の内容を知り得る選挙管理委員会の委員長が法の要求する証明者として最も適すると解すべきではあるが、しかし必しも右委員長に限るものではなく、市所属の職員が選挙管理委員会の事務に従事することを承認した市長もしくは令第五十二条第一項第一号にいわゆるその代理人においてもこれを作成し得ると解するのが相当である。もつともかように解しても、前認定の事実によれば杉山誠一は上記の点に関し市長の職務を代理したものかあるいは市長の職務を補助したに過ぎないものとみるべきかは必ずしも明らかでなく、前記規定にいう代理人にそのまま該当するといい得るかにつき疑がない訳ではない。しかし右のように証明権者が法定されているのは選挙の公正を期するため選挙当日の選挙人の状態を的確に知り得る者であつてかつ証明者として信憑するに足る一定の資格、地位を有すると考えられる者に証明させようとしたものと解されるのであるから、社会通念上前記規定にいわゆる代理人と認め得る資格、地位を有する者の作成にかかる証明書によるものである限り、たまたま当該事項につき代理したのでなくその事務を補助したに過ぎない場合であつても、必ずしもその証明書を違式のものというべきではなく、本件においても右証明書による各選挙人の不在者投票のための投票用紙等の交付の請求に対し投票管理者において、前認定のように杉山が人事等を所管する地位にあることに鑑み、これを前記規定にいわゆる代理人の作成にかかるものと認めこれに基き不在者投票をなさしめたものと推認されるので、上来説示するところにより右手続は必ずしも選挙の規定に違反するものでないというべきである。

さらに被告は、不在者投票の事由として単に「選挙事務に従事するため」等の記載があるだけでは、その者の属する投票区の区域外において選挙の事務に従事するものかどうか明らかでないというけれども、前掲乙号各証によれば右証明書の本文として「右の事由によつて選挙の当日自ら投票所に行つて投票することができない見込である」旨の記載のあることが知られるから、不在者投票事由欄に当該選挙人がいずれの投票区の選挙事務に従事するかが具体的に記載されていなくても、右本文の記載を照合すれば、法第四十九条第一号に該当する事由の記載があると認めえない訳ではなく、右の点をとらえて不在者投票の事由を証するに足りないというのはあたらない。

以上述べたとおりであつて、右の十九件について選挙の規定に違反するという被告の主張は採用できない。

二、原告主張(一)の(ロ)(原裁決が不在者投票事由証明書の証明者等の点に違法があるとした別表(1)ないし(32)、並びに(52)、(53)の三十四件について。

いずれも成立に争のない乙第一号証の十五及び十六、同号証の十八ないし二十二の各記載及び口頭弁論の全趣旨によれば、別表(1)ないし(32)記載の選挙人が本件不在者投票にあたり不在者投票事由を証明するため提出した証明書は、いずれも証明者としてゴム印によつて押捺された三崎魚類株式会社の記名があり、これに会社印が押捺されているが、会社代表者もしくはその代理人の署名捺印のないことが認められる。従つて右証明書の記載からはこれが令第五十二条第一項第一号にいわゆる「会社の長又はその代理人」の作成にかかるものであることを確認し難いものというほかない。しかし前掲乙号各証及び乙第五号証の三の各記載、証人久野又兵衛同増渕春三の各証言によれば、前記三十二名の選挙人はいずれも三崎魚類株式会社に勤務する者で選挙当日にかけて泊り込みで東京もしくは横浜に赴き冷凍魚水揚の仕事に従事することが予定されていたので、同会社代表取締役社長久野又兵衛が係員に指示して作成せしめた証明書(乙第一号証の十五、十六、並びに同号証の十八ないし二十二)を不在者投票管理者に提出して投票用紙及び不在者投票用封筒の交付を請求し、投票管理事務担当者は右証明書を同会社の社長もしくはその代理者の作成にかかる適式の証明書と認めてその請求に応じ不在者投票をなさしめたことを認めることができる。

しかして右の場合投票管理者において右証明書の作成者に関する疑点につきどの程度の調査をしてこれを受理したかについては、本件において証明されていないけれども、前認定の事実によれば右証明書は選挙人の属する会社の長の作成したものであることを否定できず、その実質において令第五十二条第一項第一号の要件を充たす証明書ということができるのであり、前示作成者の表示も選挙人に対する使用者たる会社を直接に表示した趣旨と解され証明者の記載が全くない場合と同一に論ずることはできないから、これに基き不在者投票をなさしめたことは結局において選挙の規定に違反するとはいえない。この場合改めて証明者の表示を補正した証明書を提出しない限り令第五十二条第三項所定の疎明による不在者投票としてのみ適法と考えられるとし、証明書を提出できない正当の事由をも疎明せしめない限り選挙の規定に違反すると解するのは厳に過ぎると考えられる。(不在者投票制度は一人でも多くの有権者の意向を問う趣旨から生れたものだからである。)

次に被告は、これらの証明書には不在者投票の事由として単に「冷凍魚水揚」等の記載があるのみで、この点においても適法の証明書といえないと主張するところ、前掲乙号各証の記載によれば右証明書には不在の事由として単に「冷凍魚水揚」「冷凍水揚」と記載し、もしくはこれに横浜、東京と地名を附記したものであることが認められるところ、これらの記載は選挙当日にかけて冷凍魚陸揚のため東京、横浜その他冷凍魚収容設備のある陸揚の場所に赴くことを示す趣旨と解されないではなく、後に四の(3)において「冷凍魚荷役のため」という不在事由の記載について述べるところと同様の理由で、この点においても右不在者投票が選挙の規定に違反するとはいえないと考えられる。

よつて上記三十四件のうち、少なくとも右に述べた三十二件については選挙の規定に違反するものでないというべきである。

三、原告ら主張の(二)の二十九件(別表(54)ないし(81)ほか一件、―原告らの主張によれば原裁決が不在者投票の事由の記載がないとしたというもの)について。

原告らは選挙人神田芳雄、杉山俊明、石橋フヂの三件に関する杉山誠一作成の証明書には不在者投票事由の記載があり、原裁決のいう違法はないと主張する。

しかし原本の存在及び成立に争のない甲第一号証並びに成立に争のない乙第一号証の九十及び四十七の各記載によれば、杉山誠一作成の証明書によるもののうち原裁決が不在者投票事由の記載がないとしたのは四件であるが、原告ら主張の三名はこれに含まれていないことが明らかである。ただ原裁決が相良国吉作成の証明書によるもののうち、不在者投票事由の記載のないものが八件あるとしたのは誤算で、これを七件とすべきことは被告も認めるところである。

四、原告ら主張の(五)の三百二十件(別表(133)ないし(452)、原裁決が不在者投票の事由に該当するかどうか不明の記載としたもの)について。

(1)  被告はこれらのうち不在者投票の事由として「用務出張」と記載したものが十二件(別表(358)ないし(369))、「用務出張の為」という記載が二件(別表(370)及び(371))、「商用出張」という記載が二件(別表(372)及び(373))、「出張の為」という記載が十一件(別表(374)ないし(384))、「出張」という記載が十七件(別表(385)ないし(401))、「遠出出張」という記載が八件(別表(402)ないし(409))、「魚市場休業出張予定」という記載が五件(別表(410)ないし(414))、「公休日にて出張予定」という記載が四件(別表(415)ないし(418))、「集金出張」という記載が二件(別表(419)及び(420))、「月末より集金出張」「販売出張に付き」という記載が各一件(別表(421)及び(422))―以上合計六十五件―ある旨主張し、この点原告らの明らかに争わないところである。

右記載はいずれもこれらの選挙人が選挙当日出張することが予定されているため投票所に赴き投票することのできないことを示すものと解されるのであるが、それはあるいは「集金」、「販売」、「商用」等用務の内容を示したもの、「月末より」(昭和三十四年一月末を指すものと解される)の如く出張の日時を示したものもあり、あるいは「遠出出張」の如く出張先が遠隔の地であることを示す記載もある。しかし、出張先、日時、用務の具体的な内容のすべてにわたり詳細に記載したものはなく、「用務出張」「出張」等簡略な不在事由が記載されているにすぎないものが多い。

しかし右の「用務出張」なる記載はもとより、「出張」と記載されたに過ぎない場合でも、それらはいずれも単なる私用もしくは遊覧の目的でなく職務又は業務(証明書記載の選挙人の職業から或程度推知される)上の必要から他地に赴くことを示すに足るものであり、またいずれも成立に争のない乙第一号証の二、六ないし八、十、四十八、五十二、五十七、六十三、六十四、七十四ないし八十、八十二、八十四、八十八、九十一、九十六の各記載によれば、右各証明書本文の記載に照らし右出張は選挙当日にわたるもので、当日帰来して投票所に赴くことができないような場所に赴くことが推知されない訳ではないのである。以上によれば前記各記載は「選挙人がその属する投票区のある郡市の区域外において職務又は業務に従事中であるべきこと」もしくは「選挙人がやむを得ない用務のためその属する投票区のある郡市の区域外に旅行中であるべきこと」に該当し得ないものではなく、むしろこれを推知せしめるとみるべきものであるが、ただその記載が簡略であるため、その行先、期間、その出張目的の詳細が明らかでなく、これが果して前示不在者投票の事由に該当するかどうかにつき疑をさしはさむ余地なしとしないというに過ぎないものと解すべきである(もとよりこの場合その行先、日時もしくは期間、用務もしくは職務の内容を証明書に具体的に記載せしめることは不在者投票管理の事務を適正に処理する上からも希ましいことであり、かような趣旨から公職選挙法施行規則においてもその別表に証明書の様式を定めているのであるが、これに定めるような詳細な記載のなされていない場合でも、そのことから直ちに証明書の証明力を否定すべきものとも考えられない。)

しかして選挙人からかような証明書により不在者投票のための投票用紙等の交付の請求がなされた場合、投票管理者において証明書の簡に過ぎる点を当該選挙人(証明者の出頭しているときは証明者)につきただす等の方法により不在者投票の事由があると判断してその請求に応じ不在者投票をなさしめたときは、その判断が合理性を欠きこれを是認し得ないものでない限り、右の処置をもつて必ずしも選挙の管理執行に関する規定に違反したものとすべきではないと解される。けだし、不在者投票の制度が濫用され、これがため選挙の自由公正が害されることは厳に戒めなければならないことはもとより当然のことであるけれども、右の場合証明書には社会通念上不在者投票事由となり得ない事項が記載されているわけではなく、不在者投票の事由となり得るものではあるが、ただ記載が簡略であるため疑を容れる余地があるというに過ぎないのであるから、これを全く証明力を欠くものもしくは証明書の提出のない場合と同視するのは決して当を得たものとは考えられないのである。この場合投票管理者において前示のように不在者投票事由の存在することを認めても改めて詳細な証明書を提出せしめ、もしくは令第五十二条第三項により証明書を提出できない旨の疎明をさせない限り不在者投票をなさしめることは違法であると解するのは、不在者投票制度における公正を確保するための規定の趣旨を超えて証明書の形式を重視するに偏し、選挙において正当に表示された選挙人の意思を無視する結果を招くおそれなしとしないと考えられる。

本件についてみるに成立に争のない乙第五号証の三の記載並びに証人松村隆治、同洞外文雄、同大岩文吉の各証言によれば、本件不在者投票管理の事務を担当した長島靖彦らは「出張」その他不在者投票事由の記載の簡略なもので疑の存するものについては行先その他具体的な内容につき確かめた上で投票用紙等の交付をしていたことを窺い知ることができ、上述したところに照らし右の処置をもつて必ずしも違法とすべきではないと考えられる(ただし、後に述べる五件―別表(388)(411)(412)(417)(418)の五件―は必ずしも右に述べたところに該当しない点があるのでこれを除く。なお、前掲乙第一号証の六、八十八並びに九十一(証明書)の記載によれば、被告において不在事由として「出張」「用務出張の為」との記載があるに過ぎないというこれら三通の証明書は、前記長島らの調査にあたり行先、日時等が補充記載されたものと推知される)。

なお、前記不在者投票事由の記載のうち「魚市場休業出張予定」「公休日にて出張予定」なる記載はその趣旨がやや明瞭を欠く感がないではない。しかし、証人松村隆治、同三壁猛夫、同洞外文雄、同久野又兵衛、同草場林太郎、同大岩文吉の各証言によれば、三浦市の魚市場は毎月一の日が公休日であり、魚問屋は公休日を利用して遠隔の取引先に集金等のため出張することが多く、右各証明書はかような関係を示す趣旨で作成されたものと認められるので、かかる三浦市の実情の下においては右記載を「公休日を利用する単なる旅行」を意味するのでなく文字通り何らかの用務のための「出張」を意味する記載と解して妨げなくさきに述べたところにより適法とすべきものに該当するというべきである。

ただ前掲乙第一号証の五十二の記載によれば、別表(388)の江尻昌穂のための証明書には証明者の記載がないのでこれを適式の証明書と認めることはできない。また前掲乙第一号証の六十四の記載によれば、別表(411)の鈴木京子及び(412)の鈴木千代のための証明書中同人らの職業欄には無職とあり、同人らが魚商を営む証明者の家族であることが窺われ、従つて不在事由として「魚市場休業につき出張予定」なる記載のあることから、職場に関する字義どおりの出張であると認めることを困難ならしめるものがあると考えられるので、右両名の不在者投票手続については上述したところにより直ちに適法のものと断じ難い。さらに前掲乙第一号証の二の記載及び証人松村隆治の証言によれば、別表(417)の北川彦男及び(418)の長島増雄については同人らのための証明書の記載の不在事由に関しその作成者である松村隆治に対し投票事務担当者において確かめたのであるが、その際右両名とも選挙当日業務のため出張するものと認め難く不在者投票の事由があるかどうかを疑うべき事情を知り得た筈であると推認される。従つて右両名についても、さきに不在者投票を適法とする理由として述べたところはそのままあたらないものがあるといわねばならない。よつて前記六十五件のうち右の五件を除きその余の六十件につき不在者投票手続に違法がないというべきである。

(2)  次に被告は不在者投票の事由として「昼夜運転」と記載したものが三件(別表(423)ないし(425)、但し、成立に争のない乙第一号証の八十三によれば「昼夜運転中」と記載されていることが知られる。)、「運転手につき当日稼動する」と記載したものが二件(別表(445)及び(446))、「三一日に車が出るため」と記載したものが二件(別表(447)及び(448))、「遠距離運転の為」と記載したものが二件(別表(449)及び(450))ある旨主張し、この点原告らの明らかに争わないところである。

右九件のうち、別表(445)及び(446)を除く七件について調べるにいずれも成立に争のない乙第一号証の三十五、八十一及び八十三により認められる各証明書記載の不在事由並びに証明者及び選挙人の各職業を参酌すれば、これらの選挙人はいずれも水産物販売業者の従業員であり選挙前日から当日にわたり水産物を運搬するためトラツクを運転して投票時間内に帰来できない遠隔の地に赴くことが予定されていることを推知することができるものというべきである。従つて不在者投票管理者が、右各証明書による各選挙人の請求に応じ投票用紙等を交付し不在者投票をなさしめたのは選挙の規定に違背するものではなく、上記九件のうち少なくとも右に述べた七件については被告主張の違法はないと解される。

(3)  次に被告は不在者投票の事由として単に「冷凍魚荷役のため」と記載したものが十九件(別表(426)ないし(444))ある旨主張し、この点原告らの明らかに争わないところである。

右不在事由の記載中には不在期間及び行先が明示されていないのであるが、いずれも成立に争のない乙第一号証の二十六ないし二十九により不在事由と証明書本文の記載を照合すれば、これらの選挙人が選挙当日冷凍魚を収容する設備のある場所においてその陸揚の業務に従事するため投票所に赴けない趣旨が窺われ、また証人寺本正市、同金野健児、同八代芳美、同赤川潔、同久野又兵衛の各証言によれば、三浦市には冷凍魚を収容する設備としては城ケ島に一ケ所あるだけなので冷凍魚が同市に陸揚げされることは極めて少なく、多量の陸揚の場合は設備の整つた横浜、東京、清水においてなされ、「冷凍魚水揚」に従事するといえばむしろ大多数は三浦市以外の場所に赴くことを意味すると解されないではないこと(前認定の事情及び前掲証人寺本正市、同久野又兵衛の各証言によれば前示「冷凍魚荷役のため」その他これに類する不在事由を記載した証明書の作成者は三浦市における前記事情から、右記載により当然通常の陸揚地である横浜等に赴くことも理解され得るものと考えて証明書を作成したことが窺い知られる)また冷凍魚陸揚の場合早朝から夕方まで三、四日にわたつて荷役の続けられる実情にあることをそれぞれ認めることができる。しかして成立に争のない乙第五号証の三及び証人増渕春三の証言によれば、前記のような不在事由の記載された証明書については投票管理事務担当者において行先等を確かめた上で証明書を受理していたことが認められる。

以上によれば、前記各証明書の記載から当該選挙人が選挙当日冷凍魚陸揚のため三浦市外の場所において職務に従事することが予定されていることを窺い得ないものではないと解されるので、本件不在者投票管理者が前示三浦市の実情の下において右証明書の証明力を肯定し、これに基く請求に応じ投票用紙等を交付して不在者投票をなさしめたことをもつて選挙の規定に違反するものとは断じ難い。

(4)  さらに被告は不在者投票の事由として「出港のため」と記載したものが十三件(別表(133)ないし(145))、「出港」と記載したものが十三件(別表(146)ないし(158))、「船出港のため」と記載したものが四件(別表(159)ないし(162))、「出漁のため」と記載したものが百十八件(別表(163)ないし(280))、「出漁」と記載したものが七十七件(別表(281)ないし(357))ある旨主張し、この点原告らの明らかに争わないところである。

しかして前示「船出港」ないし「出港」という記載は通常ある程度遠隔の海域に赴く趣旨を示すものと受取つてよいと考えられるが、「出漁」という記載はその語義からすれば不在者投票の事由にならない近い海域に赴く場合をも含めて用いられるものと考えられる。しかし、このことから直ちに右証明書が不在者投票の事由についての証明力をもちえないと速断するのは妥当でない。けだし右の「出漁」という記載であつても、それは漁業者がその職務に従事するため遠近様々の海域に出向くことを示すものであり、かついずれも成立に争のない乙第一号証の二十三、九十九ないし百二、百六ないし百十七、百二十一ないし百二十四、百二十六ないし百二十九、百三十一ないし百三十三、百四十二ないし百四十四、百四十七、百五十三ないし百五十五、百五十七、百五十九、百六十三、百六十九、百七十二ないし百七十五、百八十、百八十一、百八十三、百九十、百九十二ないし百九十四、二百一、二百九、二百十六、二百二十、二百二十一、二百二十八、二百二十九、二百三十二、二百三十七、二百四十、二百四十二、二百四十四ないし二百四十六によれば、これらの不在事由の記載に証明書の本文の記載を合わせれば「出漁」等の事由により選挙当日投票所に赴けない趣旨を示するものであることが明らかであるから、右証明書の記載により、当該選挙人につき選挙当日投票所に赴けないような漁場において漁業に従事することが予定されていることを推知することができると解するを相当とするからである。

被告は、三浦市における漁業者はすべて遠洋漁業に従事するわけではなく、選挙当日出漁するにしても、出漁前投票しもしくは投票時間中に帰来して投票することも可能であるから、前記各記載は必ずしも不在者投票の事由にあたるといえない旨主張する。しかして、いずれも成立に争のない乙第五号証の三及び七、同第七号証及び第九号証の各記載並びに証人寺本正市、同久野又兵衛、同草場林太郎の各証言を綜合すれば、三浦市は一般に知られているように漁業に従事する者が多くまた遠洋漁業の根拠地でもあつて、これら漁業者は沿岸漁業(主として房総半島勝浦沖から三浦半島周辺相模湾、伊豆七島周辺に至る海域で操業)、近海漁業(千島列島以南から三陸沖等の近海で操業)に従事するほか、遠く太平洋、印度洋、太西洋に赴き操業する遠洋漁業に従事するのであるが、右沿岸漁業に従事する者のうちには、東京湾あるいは相模湾海域においていわゆるひき網漁業、まき網漁業、一本釣漁業等に従事する者もありかような者については選挙当日出漁しても出漁前もしくは帰来した後に投票所に赴くことが全く不可能であるとは断じ難いものと認められ、本件において不在者投票をした者の中にかような者が含まれていなかつたと断定できる証拠はない。しかし、前記各証明書そのものが不在者投票の事由につき証明力をもち得ないものといえないことは既に述べたとおりであり、いずれも成立に争のない乙第五号証の三及び七の各記載並びに証人洞外文雄の証言によれば、これらの証明書により不在者投票のための投票用紙等の請求を受けた投票管理事務担当者は必要に応じ出漁先、期間をただし不在者投票事由にあたることを確かめた者につき右請求に応じ投票用紙等を交付していたものであることが知られるので、さきに(1)に述べたとおり右処置を選挙の管理執行に関する規定に違反するとはいえない。

以上四の(1)ないし(4)において述べたところによれば、原告ら主張の三百二十件のうち、少なくとも既に説明した(1)の六十五件のうち六十件、(2)の九件のうち七件、(3)の十九件、(4)の二百二十五件―以上三百十一件については選挙の規定に違反するところはないと考えられる。

五、原告ら主張の(三)の五十一件(別表(82)ないし(132)、原裁決が不在者投票の事由に該当しない記載としたもの)について。

いずれも成立に争のない乙第一号証の三、三十六、三十七、四十七、四十九、五十一、五十三、五十六、六十八、六十九、七十二、八十一、八十八、八十九、九十三、九十四の各記載によれば、右五十一件の証明書に記載された不在者投票事由の大部分は、「当日不在」「旅行」等の如く選挙当日の不在がやむを得ない用務又は事故によるものであることを示すものと見られないものであり、中には「富士山スキー旅行のため」の如くむしろこれに当らないことが明らかというべき記載のあることも認められる。しかし前掲乙第一号証の九十三及び九十四によれば、右のうち別表(124)ないし(127)の四件の証明書には不在事由として「集金の為」なる記載があり、また同(128)ないし(132)の五件の証明書には「集金の為」と記載されたほか、その行先として船橋その他三浦市外の場所が補充記入されていることをそれぞれ認めることができる。そして右九件に関する各記載を右乙号各証により明らかな証明書本文の記載と合わせれば集金の目的で選挙当日投票時間中に帰来できない場所に赴くことが推知され得ないものではないから、さきに四の(1)で述べた「集金出張」と同様の理由で、右証明書による不在者投票手続に違法はないと解すべきである。

よつて右五十一件のうち少なくとも右に述べた九件は選挙の規定に違反するものでないというべきである。

六、原告ら主張の(四)の百二十七件(別表(453)ないし(577)並びに選挙人石渡茂、同直井いち子の分―原裁決が疎明の適法になされていないとしたもの)について。

原告らにおいて証明書により不在者投票をしたと主張する石黒文子以下十一名のうち、選挙人石渡茂、君島佐部郎の二名を除く九名に関しては原裁決も証明書のないことを理由に違法としているものでないことは原本の存在及び成立に争のない甲第一号証、成立に争のない乙第二号証の一ないし百四十二の各記載並びにこれと被告の主張(別表(453)ないし(577)の部分)との対照その他弁論の全趣旨に徴し明らかであり、右九名については原告らの主張はあたらない。

ただ前記石渡茂については被告も原裁決の誤算(成立に争のない乙第一号証の百四十四及び同第二号証の十七の各記載によれば、右石渡茂は既に適法の手続により不在者投票をしたものと判断した別表(155)の石渡茂と同一人であると認められる)によるものであることを認めるところである。また、いずれも成立に争のない乙第二号証の百二十及び百二十一並びにこれに添付された証明書の記載によれば、右君島佐部郎(別表(558))は被告においても違法を主張していない選挙人山本貞雄(乙第一号証の百二十一参照)と同じく京浜急行電鉄株式会社自動車部三崎営業所長蛭田浅司作成の適式の証明書により不在者投票をしたものと認められ、右手続にはなんらの違法はないと考えられる。

次に証明書の提出がなく疎明により不在者投票のための投票用紙及び投票用封筒の交付を受けて投票したと認められるものについて、順次その手続の適否につき判断を進める。原告らは、これらに関し投票管理事務担当者において口頭で事情を聴取し不在者投票の事由及びこれについて証明者のないこともしくは正当の事由により証明書を提出できないことをそれぞれ疎明した者に対してのみ投票をなさしめたと主張する。しかし、成立に争のない乙第五号証の三(長島靖彦の供述調書)の記載によれば、右事務を担当した長島靖彦は右投票用紙等の交付の請求についての審査にあたり専ら不在者投票事由の疎明の有無に重点をおき、証明書の提出できない正当の事由の有無の点についても疎明させるべきことに配慮が足りなかつたことが知られるのであつてこの点につき特別に疎明せしめたことを認めることができない。もつとも本件において疎明の内容の要点は、投票管理者において徴した疎明書(乙第二号証の二ないし百四十二)に記載されているのであるが、右記載の事由だけでなく、それから当然推知されうる事実は投票管理者においてその疎明があつたものと認めて選挙人の請求に応じ不在者投票のための投票用紙等を交付したことが窺い知られるのであり、また口頭もしくは書面で疎明された不在事由の内容及びその日時等の関係から証明者のないこともしくは正当の事由により証明書の提出できない事情が窺い知られる場合にはこの点についての疎明もなされているとみて妨げないというべきである。そこで進んで個々の不在者投票手続の適否について審究する。

(1)  いずれも成立に争のない乙第二号証の百十二、百十七、百二十二、百四十一、百四十二の各記載によれば、別表(550)井上哲夫、同(555)大岩ミツ子、同(559)真中博、同(576)結城勇、同(577)青木ミヨ子の五名は、集金その他職務上の用件で大阪、長野その他の地方に出張するため選挙の前日(昭和三十四年一月三十一日)もしくは当日の早朝出発しなければならなくなり、選挙の前日不在者投票をすることにしたが証明書を作成して貰う余裕のないまま(右投票をした一月三十一日が土曜日であることは暦により明らかであるから、午後になれば証明書を得るのに支障のあるべきことも考えられる)投票所に赴いたので不在事由を疎明して投票したことを推認することができる。かように証明書を得る余裕のなかつたことが窺われないではない以上、右に述べたように証明書を提出できない正当の事由についての疎明も充たされているといつて差支えなく、この点の疎明がないとして右不在投票手続を違法とするのは余りに厳に過ぎ妥当を欠くというべきである。

被告は不在者投票事由が予め生じている以上、不在者投票の当日までに証明書を作成し得た筈であるから、かような場合は証明書を提出する余裕がないとはいえないというのであるが、右の場合不在者投票事由が予め生じていたかどうかは明らかでないのみならず、右選挙人らにつき予め不在事由が生じていたに拘らず出発間近になつて始めて不在者投票をして行こうと考えた場合でもその意思は尊重すべきであるから、かような関係で証明書を得る余裕のない状態を招いたかどうかは深く問うべきではないと考えられる。かような場合、不在者投票事由の存在について疎明ができても証明書を提出するいとまのないのは選挙人自ら招いたところであるからこれを提出できない正当の事由ある場合にあたらないとしその選挙人はもはや投票することができないとすることは、なるべく多くの選挙人に投票せしめようとする選挙制度の精神に反し、また疎明による不在者投票を認めた趣旨にも必ずしもそわないものというべきである。従つて前記事情の下において証明書によらず疎明に基き不在者投票をなさしめたことは、必ずしも選挙の規定に違反するものではないと解するのが相当である。(なお、前掲各証拠によれば前記選挙人真中博については疎明書記載の不在事由としては「二月一日早朝業務のため水戸迄出張」とあるのみで、業務の内容は具体的でなく、その他の者についても行先の明示されていないものがあるけれども、これがため不在者投票事由の疎明があつたことを否定すべきでないことは既に四の(1)において証明書について述べたところと同様に考えるべきである。)

(2)  次にいずれも成立に争のない乙第二号証の十一、十五、二十九、六十一、九十、百十六、百二十六、百三十一、百四十の各記載によれば、別表(554)の武田良造、同(563)小国常雄、同(575)原辰雄、同(462)大井角平、同(474)草間林、同(504)小松国光、同(529)今井寅吉、同(567)林修、同(459)奥村芳太郎の九名はいずれも船員もしくは漁撈に従事する者として漁船に乗組み選挙当日にわたり出漁することが予定されていたこと、右奥村及び林は出港の前日に不在者投票をしたのであるが船長その他証明権者が三浦市にいなかつたため出港までに正規の証明書を得て投票する余裕がなかつたこと、その余の七名は出港の当日不在者投票に赴いたが同様正規の証明書を得る余裕のなかつたことをそれぞれ推知することができる。右事実によれば、右(1)に述べたと同様の理由で、同人らに疎明に基く不在者投票をなさしめた投票管理者の処置は選挙の規定に違反するものといえないと解すべきである。

(3)  いずれも成立に争のない乙第二号証の百二十三、百二十八、百二十九、百三十、百三十三の各記載並びに証人直井いち子の証言によれば、選挙人直井いち子(被告も違法を主張せず別表より削除)は選挙の前日たる昭和三十四年一月三十一日東京に居住する弟が病気との電話を受け急いで東京に出発することになつたが、選挙当日帰来できないことが予測されたので、同日午後二時頃不在者投票を済ませて上京したこと、別表(560)高橋市太郎は親戚の者の死亡通知を受けて選挙当日の早朝三崎を発つこととなり、別表(565)の石川文吉及び同(566)の石川重江はいずれも選挙の前日母の病気のため上京しなければならないこととなり、別表(569)の武田八重子は急病人を見舞うため選挙当日の投票時間前上京しなければならないこととなり、いずれも選挙当日投票時間中に帰来することができないことが予測されたため、それぞれ選挙の前日たる一月三十一日に右各事由を疎明して不在者投票をしたことが推認される。しかして右事実によれば右各選挙人につき生じた事由は法第四十九条第二号にいわゆる「やむを得ない用務」にあたるものということができ、また右直井以外の四名に関する事情は疎明書の記載から推知するほかないのでその詳細は必ずしも明らかでないが、事柄の性質上、右直井の場合と同様通知を受けてから出発するまでに余裕のなかつたことが推認される。しかして右の場合の証明権者はいずれも市長であるが、前記事情のほか、すでに述べたように当日が土曜日であつたことをも考慮すれば、右いずれも証明書を得る余裕がなかつたものとみるのが相当であり、投票管理者において右選挙人らの疎明に基き不在者投票をなさしめたことに違法はないと認めるのが相当である。

よつて原告ら主張の(四)の百二十七件のうち、少なくとも前記(1)及び(3)の各五件、(2)の九件並びに冒頭記載の石渡及び君島の二件―以上二十一件は選挙の規定に違反するものといえない。

以上判断したところによれば、原裁決が選挙の規定に違反するとした五百八十九件のうち、少なくとも上記一に述べた十九件、二に述べた三十二件、三に述べた一件、四に述べた三百十一件、五に述べた九件、六に述べた二十一件―以上合計三百九十三件(票)―は違法とすべきでないもの、もしくは誤算によるものであるから、その余をすべて原裁決のいうとおり違法としても、その数は百九十六件(票)にすぎない。従つて仮にこれが全部本件選挙において当選人とされた矢島晴夫に投票せられたものとし、同人の得票数九千十一票からこれを控除してもその数は八千八百十五票となり、次点者川崎喜太郎の得票八千七百六十二票より多いから、右違法は選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものといえず、本件選挙はこれを無効とすべきでない。(なお、不在者投票手続における選挙の規定違背が選挙の結果に及ぼす影響を考える場合、不在者投票が正当に拒否されたとすれば、当該選挙人が普通投票をし、しかも不在者投票と異る候補者に投票する可能性が絶無でないことから、違法手続による投票数を当選人の得票数から控除するだけでなく、さらに同数を次点者の得票数に加えた上両者を比較すべしとする見解がないわけではないが、余りに事物の蓋然性を無視する嫌があり採らない)。

よつて本件選挙を無効とした原裁決の取消を求める原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、民事訴訟法第八十九条の規定に則り主文のとおり判決した。

(裁判官 梶村敏樹 室伏壮一郎 安岡満彦)

(別表省略)

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